孤独を超えるリーダーシップ

ひとりぼっちになりがちな人のためのココロとカラダのつくり方

見られていないようで見られている

先日の投稿で「承認欲求」について触れました。

blog.takayukihirarin.me

 

 

SNSでの投稿を頻繁にしていると、「いいね」やコメントの数などで自分の人気の程度や認知っぷりが気になってしまう。

 

僕もブログ歴はかなり長くて、ブログというものがスタートしたばかりの黎明期の頃から書き始めては潰し、書き始めては潰し、とたくさんブログを書いてきたから

 

それが気になるのは理解できる。

 

ではこうした発信は「いいね」やコメントの数が見られているかどうかの尺度に完全になっているのか?というと、それはまた別の話。

 

このメンタルコーチブログは始めてホントに間もないけど、北京に移住してからずっと北京生活を7年間ずっと綴ってきたブログを運営してきたし

ameblo.jp

 

本来中国では使えないはずのフェイスブックも、VPNを使うようになってからは頻繁に何かしら投稿してきた。

 

それらをトータルでみた場合、人気はあるのかないのかと問われれば、正直よくわからない。仕事には全然つながっていないので、何の実績もないのは確か。でもPVは多い。

 

そして、投稿している件数やつながっている友だちの数やフォロワーの数からみれば、「いいね」の数やコメント数は決して多くはないのかもしれない。

 

でも、北京の日本人社会の飲み会で一緒になった人たちや、営業として訪問しているクライアントさんからはよく

 

「平林さん、ブログやフェイスブックいつもみてますよ」

とか

「最近投稿してませんよね~。どんどんこれからも投稿してくださいよ」

と言われることがある。

 

こうした方々は、日頃僕の投稿に対して何の反応もしない方々ではあるものの。

 

それも、ただの社交辞令かと思いきや、投稿内容をちゃんと記憶している方も多い。

 

こうしたことが意味するところは

個人が発信したものを見ている人は、自分が思っている以上に多い

ということでしょう。

 

 

ただ、ここで勘違いしない方がいいのは

自分は見られている 

 と思って自意識過剰でいる人の投稿は

逆に見られていない 

ということですね。

 

生きるとは、何かと皮肉なものです。

 

 

自分は見られていると思っている人は、少しくらいは省みてもいいのでしょうし

 

自分はなんて認知が少ないんだ・・・と少し悲しい想いをされている方は

 

自分は意外に知られているんだ

と少し自信を持ってみてもいいのだと思います。