孤独から自由になるリーダーシップ

ひとりぼっちになりがちな人のためのココロとカラダのつくり方

中国人義父母とのコミュニケーション見直し

こんにちは、平林孝之です。

新年あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

みなさんは既に今年の抱負や目標などを決めて人に話してみましたか?

 

といっている僕も、まだ大した今年の目標を掲げているわけではないのですが、ひとつだけ決めていることがあります。それは


後悔のないように過ごすこと


これまで毎年毎月毎日、小さな後悔を見逃し続けてきた気がするので、今年は改めていこうかな、と思っています。


北京も今年最後のつもりで悔いの無いように頑張りたい。その第一歩としてまず取り組もうと思っているのが

 

中国人義父母とのコミュニケーション機会を増やすことです。

 

これまでは極力話さないように

必要最低限の会話だけを日々してきました。


ハッキリいって、あの人たちと自分の文化差異はあまりにも激しいです。漢字を読めるのと黄色人種であること以外には、ほぼ接点がない。


これからコミュニケーションを多めに取るようにしていったとしても、恐らく何かが劇的に変わることはないでしょう。


特別仲良くなることもないでしょうし

特別仲良くなりたいとも思わないし

特別仲良くなれるとも思っていない


では何故こうしたアクションを取ろうと思うようになったのか?というと、あくまで


自分のため


相手にわかってもらうためにコミュニケーションを取るのではなく、あくまで自分の胸の内を吐き出すためです。(といいながら、理解差異は少しずつ埋めていくつもりではいる。)


仲良くなれるとは思っていないものの、このまま放置したまま機会を失ってしまうのは


それはそれで後々に後悔するのかもしれないと感じました。


それに、超保守的な共産党員でもあるあの人たちとのコミュニケーションを取り続けることは、中国という得体の知れない大国と日本が付き合っていく上での智慧が内包されているのではないか、とも思っています。


なので、自分のためであり、日本のためでもある。そんな意識を持っています。


自分の周りにも日中国際結婚夫婦ってたくさんいて、家族関係がこんなにわけわからなくなっているのは自分だけ。


義父母との同居がイヤで2度も家出しているのも僕だけ。そして、同居生活がこんな長期に渡っているのも僕だけ。


ずっとこの状況に対して、「何でオレだけが。凄まじいハズレくじ」と思っていましたが


経験しているのが自分だけだからこそ価値がある


そして


自分が一番困っている出来事は
自分を最も助けてくれるモノに繋がっている


順調なものとか
ラクなものには
人は興味を持たないから

ひたすらうまくいくだけの映画はつまらないでしょ。


という発想が最近フッと湧いてきてしっくりきたので、少しの間このスタンスでトライしてみます。

 

今日早速、日本の正月料理のことについて話をしました。

まぁ、ゆっくりいきます。


今年はとにかく

“後悔の無いように”

これをテーマに

毎日自問しながら

何事にも取り組んでいきます。

 

 

<この記事を書いた人>

平林孝之 エグゼクティブコーチ 大卒後、12年間音楽コンテンツ業界を経験した後、”ブレイブボード”を全国ヒット商品にしたスタッフの一人となる。北京に来てからは欧州系IT企業にてプロジェクト管理、ビジネスコンサルの営業職を経て創業。発達障害双極性障害など自身の過去の波乱な体験や、自身の国際結婚などの難しさからコミュニケーション・心理学を学び始め、プロコーチに。また、全て実務経験を伴った”MBA”状態のためビジネスコーチングが得意。合氣道などで学んだ身体からのアプローチによるリーダーシップ開発も行なっている。独学ながら中国語ビジネスレベル。中国日本商会・北京日本倶楽部・政府機関等での講演実績。米国NLP協会認定コーチ・心身統一合氣道初段

 

メルマガ「孤独を超えるリーダーシップ

(自己認識・異文化交流・語学)」の読者登録はこちら

 

※お問い合わせはこちらから

具体的に質問してみたいこと、現在のお悩み事など、どう解決したら良いのかわからないという方はお気軽に上の「お問い合わせ」からご質問ください。頂いたご質問に対してブログ上の記事を持って回答とさせていただきます。(お名前はもちろん匿名で出します)

別れが多い人の特徴

気付いたら独りになってしまっていることが多い人って

人間関係の新陳代謝が激しいのではないでしょうか。


新陳代謝が激しいということは

変化が激しいということ。


そして

人との縁というのは

やはり相手との波長が合うことによって生まれる。

だから

変化が激しいということは

波長も変わりやすいということなので

自然、人間関係も変わりやすい。


自分の周りにいる人が

頻繁に入れ替わっているのをみて

自分の人付き合いに問題を感じる人も

変化が激しいから人との波長がズレやすいだけ


とはいえ

縁が切れてしまった全ての関係を

「縁がなかった」の一言で済ませてしまうのは

あまりに芸がないと思うので

時折省みてもバチはあたらないと思います。


それに

上昇志向の人が

自分のステージを上げるために

過去の人間関係を"断捨離”するとか言っているのも

全く違います。



人間関係の新陳代謝というものは

意図ありきで生み出されるものではないでしょう。


 

 

<この記事を書いた人>

平林孝之 エグゼクティブコーチ 大卒後、12年間音楽コンテンツ業界を経験した後、”ブレイブボード”を全国ヒット商品にしたスタッフの一人となる。北京に来てからは欧州系IT企業にてプロジェクト管理、ビジネスコンサルの営業職を経て創業。発達障害双極性障害など自身の過去の波乱な体験や、自身の国際結婚などの難しさからコミュニケーション・心理学を学び始め、プロコーチに。また、全て実務経験を伴った”MBA”状態のためビジネスコーチングが得意。合氣道などで学んだ身体からのアプローチによるリーダーシップ開発も行なっている。独学ながら中国語ビジネスレベル。中国日本商会・北京日本倶楽部・政府機関等での講演実績。米国NLP協会認定コーチ・心身統一合氣道初段

 

メルマガ「孤独を超えるリーダーシップ

(自己認識・異文化交流・語学)」の読者登録はこちら

 

※お問い合わせはこちらから

具体的に質問してみたいこと、現在のお悩み事など、どう解決したら良いのかわからないという方はお気軽に上の「お問い合わせ」からご質問ください。頂いたご質問に対してブログ上の記事を持って回答とさせていただきます。(お名前はもちろん匿名で出します)

一匹狼の「弱さ」と「限界」

こんにちは!平林孝之です。

私が以前お世話になっていたコーチングスクールの主催者の方のFacebookの投稿の中に”自称一匹狼の「弱さ」と「限界」”を問う内容があったので、せっかくなので私も考えてみました。

馬場啓介さんのトラストコーチングスクール
(今、大人気みたいです)

【公式】TRUST COACHING SCHOOL

 
私は自身で一匹狼を気取ったことは無いつもりでしたが、いつもいつも知らない間に独りになっていることが多かったので、自称というよりは”結果”一匹狼になっていた人間として、この、一匹狼の「弱さ」と「限界」というものを自身の経験から述べてみたいと思います。

 

まず「弱さ」。これについて真っ先に言えることは

「助けて」「お願い」「ありがとう」

という、人を頼ることの出来ない弱さでしょうか。

リーダーシップというと、高い能力や強い吸引力で人を引率、導くことの出来る能力と勘違いしている人、いわば" カリスマ”的な魅力のことと勘違いしている人がまだまだ結構いるのですが、実はそうではなく

何とか成し遂げたいことがあるにもかかわらず、自分には出来ないことというものがたくさんある。そんなときに自らキチンとヘルプを願い出ることが出来るというのも、リーダーシップにおいて最も重要な能力のひとつです。

命令してやらせるのではなく、あくまでお願いして相手にも気分よく動いてもらう。

もう解散してしまいましたが、バンドを結成していた頃、僕は歌うこと以外は何も出来ないのでメンバーの方々にお願いばかりしていたのを想い出します。

 

次に「限界」について

みなさん"ひとりで出来ることは限られる。大したことは出来ない”ということが真っ先に思い付くことかもしれませんが、僕が思い付くことは少しだけ違います。(もちろんそれも「限界」の原因のひとつではありますが)

僕が思うに、一匹狼の限界は

『喜びの無さ』であり、『達成感の無さ』

ですね。


僕は北京で、現地の日本人会主催のカラオケ大会やラジオ局主催のカラオケコンクールに出場したり、その延長でロックバンドを組んで活動していたことがあります。

カラオケは以前はソロで出場することが殆どでしたが、バンドは当然数人で組んで活動をしていました。

で、ソロとバンドではどんなことが最も異なっていたのかというと


ソロでの活動は、どんな賞を獲得しても大して嬉しくはありませんでした。

それに比べると

バンドでの活動は、やたら持ち出しが多くて何ら賞などの見返りがなくても、終わった後の喜びと達成感は何者にも代えがたいものありました。

この違いが最も大きい。

ですから、バンド活動をして以降というもの、カラオケ大会にエントリーする機会があっても、原則ひとりでの出場はしなくなり

歌う場合はデュエットか、楽器が出来る人に頼んで一緒に出場するようにしています。


理由は、その方がやっぱり達成感があるからです。

何回か練習しながら話し合っていいものにしていく方が、ひとりでああだこうだとやっているよりも遥かに良いモノが出来上がります。

今年秋にラジオ局主催のカラオケコンクールにデュエットで出場したときも、初めてスタジオで一緒に練習を始めた時から、本番に至るまでの上達っぷりを振り返ると、やっぱりデュエット出場して良かったと思います。


ソロでの出場だと、僕は基本的に何にも練習せずに出場してしまう。その状態で仮に何か賞を頂いてしまっても、何の努力もしていないし、上達や成長などを全く体験していないから

何の達成感もない


これが、一匹狼でいることの「限界」です。


賞などの人の評価というのはあくまで結果でしかなく、やはり自分自身の成長が感じられるところにこそ、人としての喜びがあります。


自分自身が成長し、その過程の中でかかわる人たちの成長と喜びに貢献する。

これこそが真のリーダーシップですね。

 

ただ、多くの人は何かしら人と組むことが多いでしょう。この場合はだいたい「独りで何かに取り組むことが心細くて不安だから」のはずです。

ですから、僕のオススメとしては、いつも人と組んでしか何かに取り組んだことの無い人は是非、ひとりで全て背負っているつもりで何かをやってみましょう。


そうしてこれまでの自分のスタイルを少しずつ崩していくことで、初めて自分の殻というものを破っていくことが出来ます。

 

 

この記事を書いた人>

平林孝之 エグゼクティブコーチ 大卒後、12年間音楽コンテンツ業界を経験した後、”ブレイブボード”を全国ヒット商品にしたスタッフの一人となる。北京に来てからは欧州系IT企業にてプロジェクト管理、ビジネスコンサルの営業職を経て創業。発達障害双極性障害など自身の過去の波乱な体験や、自身の国際結婚などの難しさからコミュニケーション・心理学を学び始め、プロコーチに。また、全て実務経験を伴った”MBA”状態のためビジネスコーチングが得意。合氣道などで学んだ身体からのアプローチによるリーダーシップ開発も行なっている。独学ながら中国語ビジネスレベル。中国日本商会・北京日本倶楽部・政府機関等での講演実績。米国NLP協会認定コーチ・心身統一合氣道初段

 

メルマガ「孤独を超えるリーダーシップ

(自己認識・異文化交流・語学)」の読者登録はこちら

 

※お問い合わせはこちらから

具体的に質問してみたいこと、現在のお悩み事など、どう解決したら良いのかわからないという方はお気軽に上の「お問い合わせ」からご質問ください。頂いたご質問に対してブログ上の記事を持って回答とさせていただきます。(お名前はもちろん匿名で出します)

形にこだわりすぎると大事なものを失う

こんにちは!平林孝之です。

今日はカフェで仕事しています。

f:id:lifeart_comms:20171219123637j:image

 

とはいえ・・・

 

こうしてカフェで仕事しているオレってノマドみたい!イケてる!
って思うためにこうしたスタイルで仕事しているわけではないんです。。。(トホホう)


僕がカフェで仕事している主な理由は2つ。

一つ目は、ネットへの接続の問題。

家にも当然Wi-Fiはあるし、スマホは5G接続すら出来るものの、VPN接続をした途端にあらゆるホームページを閲覧できなくなるという原因不明のエラーがあるんです。ただし、毎回閲覧できなくなるのではなく、10回に1回くらいは閲覧できるようになる。

家のネットワークはこうした問題を抱えているものの、オフィスやカフェのWi-FiはスムーズにVPNに接続することが出来ます。

中国のネットワークは政府によるファイヤーウォールがキツくて、海外のサイトにはホントに繋がりにくいです。GoogleFacebookTwitterYouTube、Line、WhatsAppなどの他に、DropBoxのようなクラウドサービスも使えませんし、先日からついにYahoo検索もVPN無しには出来なくなりました。

こうなってしまうともうVPNがなければ仕事にならないんですよね。

 

そして、主な理由の2つ目は、家ではリラックスして仕事できないこと。

僕は中国人と国際結婚をしていますが、北京に来てから何故か妻の義父母が同居し続けています。娘の世話をするために。

こうした環境だと家にいてもなんか息が詰まるので、リラックスしながら仕事することが出来ません。儒教の国のじいさんばあさんと自分が同居できるはずもないので。

これについてはこれまで幾度となく妻側と話をしてきたものの、何も変わらずにいたので北京に移り住んでからの7年半の間に2度ほど家出をしたことがあります。いずれも長期に及んでいて、合計すると2年ほど。

既に妻も含めた中方とは波長も合わないものの、娘の魂に呼び寄せられるせいか、結局は今も娘や娘を世話する人たちと同居する羽目になっています。

ずっと中方とはもう離れて暮らしていきたいと思いながらも、毎回娘の魂に呼び戻される。北京に来た理由だってそうだし。

こうして色々経験してきて改めて思うのは、今の自分には娘の近くにいることが最も重要なことなので、その周りに誰がいようと、そこだけは大事にしたいと思うになっている。

この件に関しては妻と話をする機会も増えていて、あとは時期的な問題かな、と。向こうの言い分もそれなりに理解は出来るので、あんまりゴリ押しするつもりもない。

もしどうしても行き詰まるようであれば、高いコストかけて長期間家を出るのではなく、AirBnBで1~2週間くらい部屋でもたまに借りて息抜きすればいい。

以前はあんまりこうした発想って無かったものの、今はこうしたことが可能な便利な時代。こんな便利な時代になってまでしつこく形にこだわり続ける必要は無いと思うのです。


家族・夫婦は一緒じゃなければいけないとか、そんなの今は難しいに決まっている。こうした形に囚われていると、自分にとって大事なことは何なのか?ということも見失って、不要なものと一緒に大事なものまで捨ててしまいかねない。

好きな仕事をするために面倒くさいことや鬱陶しい付き合いでもしなければならないことはたくさんあるのと同じで

自分が大事にしたいことを支えるには、邪魔なものとすらお付き合いを続けなければならないことだって、此の世の中にはある。

この件の解決にはもう少し時間はかかりそうではあるものの、自分にとって大事なものがハッキリと見えるようになると、その周りというのは割りとどうでもよく思えてくる。

日本人の多くは何かと形にこだわる。夫婦たるもの、家族たるものかくあるべし、みたいな。僕自身もそうした体裁を全く気にしていなかったわけではなかったけど

もう体裁を気にする生き方はやめましょう、と発信すべきなんだろうと思い始めたので、こうした家族関係に関する発信も少しずつ行っていくことにします。

 

この記事を書いた人>

平林孝之 エグゼクティブコーチ 大卒後、12年間音楽コンテンツ業界を経験した後、”ブレイブボード”を全国ヒット商品にしたスタッフの一人となる。北京に来てからは欧州系IT企業にてプロジェクト管理、ビジネスコンサルの営業職を経て創業。発達障害双極性障害など自身の過去の波乱な体験や、自身の国際結婚などの難しさからコミュニケーション・心理学を学び始め、プロコーチに。また、全て実務経験を伴った”MBA”状態のためビジネスコーチングが得意。合氣道などで学んだ身体からのアプローチによるリーダーシップ開発も行なっている。独学ながら中国語ビジネスレベル。中国日本商会・北京日本倶楽部・政府機関等での講演実績。米国NLP協会認定コーチ・心身統一合氣道初段

 

メルマガ「孤独を超えるリーダーシップ

(自己認識・異文化交流・語学)」の読者登録はこちら

 

※お問い合わせはこちらから

具体的に質問してみたいこと、現在のお悩み事など、どう解決したら良いのかわからないという方はお気軽に上の「お問い合わせ」からご質問ください。頂いたご質問に対してブログ上の記事を持って回答とさせていただきます。(お名前はもちろん匿名で出します)

うまくいっていない今にイラつく理由

こんにちは!平林孝之です。

信じる信じないはともかく

過去・現在・未来という全ての時間は”いま”という瞬間に内包されているって聞いたことありますか?

予知夢とか未来が見えるとか、未来が見えなくとも何となくイヤな予感がするとか。

こういうことって、全ての時間は”いま”存在しているから感じることが出来るのだとか。

生きている人間の大半が全ての時間はいま存在しているということがわからないのは、この世に生まれ出たときに、そうした記憶が消された状態になって生まれるかららしい。

こんなことが本当かどうかは、生きている間は神秘体験でもない限り知ることは出来ないのだけれど

もしそうだとすると、今がうまくいっていないと感じているとして、その状況に対して”何でイライラするのか”も、なんとなくわかるような気がする。

イライラするってことは、自分はホントはもっと素晴らしい存在であることを知っているんですよね。ただ、潜在意識でそう思えていないだけで。


ホントはうまくいくということを知っている。
でも今はまだうまく行っていない。
だから、その瞬間はいつなんだ?とイライラしている。


そもそもイライラするときってどんなときですか?
だいたい

『まだかまだか』と待っている時ですよね?


うまくいくことを心のもっと奥底が知っていなかったら、恐らくイラつくことはないはず。落胆して疲れながら日々過ごすことはあっても、イライラすることはないはず。

自分がそこまでに至る存在ではないことを知っているから。

だから、うまく行っていない状態に対してイライラ出来るということは

自分には望む姿を実現できる才能があると、無意識で知っていることを意味しているので、そのイライラする感覚を信じて

最初の一歩を踏み出すなり、足を止めずにまだまだ歩きつづけていれば

そのうち良いこと起こるかもしれませんね。

 

           f:id:lifeart_comms:20171208164912j:image

           今日は目の前が燃えてるぜ…

 

この記事を書いた人>

平林孝之 エグゼクティブコーチ 大卒後、12年間音楽コンテンツ業界を経験した後、”ブレイブボード”を全国ヒット商品にしたスタッフの一人となる。北京に来てからは欧州系IT企業にてプロジェクト管理、ビジネスコンサルの営業職を経て創業。発達障害双極性障害など自身の過去の波乱な体験や、自身の国際結婚などの難しさからコミュニケーション・心理学を学び始め、プロコーチに。また、全て実務経験を伴った”MBA”状態のためビジネスコーチングが得意。合氣道などで学んだ身体からのアプローチによるリーダーシップ開発も行なっている。独学ながら中国語ビジネスレベル。中国日本商会・北京日本倶楽部・政府機関等での講演実績。米国NLP協会認定コーチ・心身統一合氣道初段

 

メルマガ「孤独を超えるリーダーシップ

(自己認識・異文化交流・語学)」の読者登録はこちら

 

※お問い合わせはこちらから

具体的に質問してみたいこと、現在のお悩み事など、どう解決したら良いのかわからないという方はお気軽に上の「お問い合わせ」からご質問ください。頂いたご質問に対してブログ上の記事を持って回答とさせていただきます。(お名前はもちろん匿名で出します)

異文化理解の出発点とは?

こんにちは!平林孝之です。

もう北京に住み始めて8年目。来年の4月になれば、もう9年目に突入してしまいます。


僕の場合、配偶者がたまたま中国人になっていたというだけで、元々中国に凄く興味があったわけではないのですが、こちらに来てから築いている友人や同僚の中国人との関係は良好と言って良いでしょう。


ウチの妻は良くも悪くも”スーパー中国人”と言った感じの人間なので、いろいろ勉強させてもらっています(笑)

 

このような海外生活や外国人との交流というと、”異文化理解力”というものを問われますよね。

そして、我々日本人が一般的に異文化理解・異文化コミュニケーションという言葉から想像することは

 

コミュニケーションを円滑に行うためには、相手に対する敬意を忘れないことや、相手の考え方や立場からものをみるといった能力などが必要である[1]。異文化コミュニケーションを実践する中で、まったく自分と違う価値観、常識を持つ人と付き合い、観察し、真似をする(どうして、そういうふうにそのことをするのか、などを具体的に理解していく)ほど、自分の常識、価値観、文化が広くなっていく[9]。日本はその地理的条件から、かなり意識して異文化と触れ合わないと、いつまでも「自文化中心的段階」[10]から抜け出せない。異文化を学ぶ手段はさまざまあり得るが、「旅」は最も強力な手段である[11]。表現力や他者とのコミュニケーション能力は、日本人が苦手とすることの一つだが、「伝える」のではなく「伝え合う」という視点が大切である

(引用:Wikipedia 異文化コミュニケーション)

 

 このようなことでしょう。こうした実践に関しては、私も異論無いです。

 

ただし、日本人の多くの前提にある考え方は

『どんな相手ともわかりあえるはず』

ではないでしょうか?

 

私はこの考え方にはかなりの疑問を抱いている。例えば私の場合、義父母などと共同生活を送っていて、とてもではないが交わることは無いと感じる。

それもそのはず。

日本の高度成長期まっただ中に生まれて思春期時代はバブル経済で、有名企業で働く親の元、比較的裕福な家庭で育った私と

第二次大戦中に中国で生まれ、数十年に及ぶ共産主義における生活、共産党への入党、大躍進政策文化大革命などを経験し、意味不明な迷信じみたことを今でも信奉している人とが

価値観が交わる方がむしろオカシイ。


それともうひとつ。これも私の経験から

私は少しアスペルガー症の毛があります。それで通院などはしたことありませんが。 

アスペルガー症候群 (幻冬舎新書 お 6-2)

アスペルガー症候群 (幻冬舎新書 お 6-2)

 

 

まだ日本にいたときにこの本を読んだのがキッカケで、初めて自分にはその毛があることを知りました。内容の尽くが私のパーソナリティや言動と一致していることが多かったもので。ただし、診断テストなどをすると全く正常ではあります。

 

とはいえ、私自身、この本にはかなり救われました。

それまでは自分が人と交わるのが苦手なのは、自分の性格がひどく歪んでいるからなのか?と思っていましたし、性格矯正的なこともたくさん試みましたが、どれもうまくいかず、こんなことしないと世の中で生きていけないのなら

もう生きていなくていい、とすら思っていたほどに苦痛だったので。日本人はそれほどまでに多様性に不寛容で未成熟。本当にヒドイ。

でも、この本を読んだことによって、自分のこうした特徴は歪みではなくあくまで特性なので、別に直さなければならないようなものでもない、ということも理解することが出来たのです。

こうした特性に気付いて受け入れると、自分に対する見方が変わるだけでなく、相手に対する見方も変わります。


周りの人たちに対して、それまでの見方を一新してどのように変えたのか、というと

周りはみんな外国人。

自分以外はみんな外国人

というものでした。家族も含めてみんな異邦人で異文化人。

 
こういう風に見ることによって変わったことは

相手に対する甘えが無くなったんです。

自分と相手は同一の文化を有しているという風に考えると、自然と相手に対する甘えが生まれてしまいます。

相手も自分の考えを理解してくれるはず、とか
相手は言わなくても私が欲していることを察するはず、とか

でも、そうした期待がかなり無くなりました。

人が怒るときというのは、何かしらの期待を裏切られたときですから、相手に対する期待が無くなったということで、周囲に対して腹をたてることや、諍いそのものがかなり無くなりました。

さらには、多くの人はこうした場面ではこのようなことを好む、とか、多くの人はこうした場面ではこういうことを嫌う、とか

まるで外国人に対して思い遣るように、日本人に対しても考えるようになりました。相手も自分と同じはず、って思っているとこうした思考にはなりません。

 

これが、僕の中の人付き合いに対するブレイクスルー体験となっています。



こうした経験から導き出された結論は

「わかりあえるはずが無い」
から始める


です。


日本人に最も多い、わかり合えるはず、という前提での異文化交流は基本的には減点主義です。わかり合えている状態を100点とし、そこまでに対して何が足りないのかと考えるやり方。

それに対して、わかり合えないことから始める異文化交流は加点主義です。0、もしくは1から始める。そもそも最初からそんなに相手に期待していないので、後はひたすら加算されていきます。


「わかり合えるはず」という前提で始める人は大抵、挫折するとそこで諦めるはず。でも「わかり合えない」から始めるなら諦める必要がない。そして、一旦お休みしたとしても、また気が向いたときに再び始められる。


ただ、別にどっちでも良いと思います。自分にフィットする方の考えを選択してそれに準じていけばいい。

 

わかり合えるはず、の交流が前時代的だとするなら、わかり合えないから始める交流というのは、新時代的なんだと思います。


f:id:lifeart_comms:20171207125216j:image

他の人には色とりどりだろうけど
オレには世界が黄色にしか見えないのだ…

 

<この記事を書いた人>

平林孝之 エグゼクティブコーチ 大卒後、12年間音楽コンテンツ業界を経験した後、”ブレイブボード”を全国ヒット商品にしたスタッフの一人となる。北京に来てからは欧州系IT企業にてプロジェクト管理、ビジネスコンサルの営業職を経て創業。発達障害双極性障害など自身の過去の波乱な体験や、自身の国際結婚などの難しさからコミュニケーション・心理学を学び始め、プロコーチに。また、全て実務経験を伴った”MBA”状態のためビジネスコーチングが得意。合氣道などで学んだ身体からのアプローチによるリーダーシップ開発も行なっている。独学ながら中国語ビジネスレベル。中国日本商会・北京日本倶楽部・政府機関等での講演実績。米国NLP協会認定コーチ・心身統一合氣道初段

 

メルマガ「孤独を超えるリーダーシップ

(自己認識・異文化交流・語学)」の読者登録はこちら

 

※お問い合わせはこちらから

具体的に質問してみたいこと、現在のお悩み事など、どう解決したら良いのかわからないという方はお気軽に上の「お問い合わせ」からご質問ください。頂いたご質問に対してブログ上の記事を持って回答とさせていただきます。(お名前はもちろん匿名で出します)

物質依存と感情の関係

こんにちは!平林孝之です。

本日は「依存と感情の関係について」ということで、自分自身の喫煙習慣と禁煙についてお話します。

私は16歳の頃にタバコを吸い始めてから37歳で北京に移り住むまで、基本的にヘビースモーカーでした。

その21年間で止めていた時期もあります。23歳の頃に重度の精神疾患躁うつ病などで通院していた半年間と、合氣道を学び始めて間もない3ヶ月間ほどの期間。後は娘が生まれる半年前~娘が1歳になるまでの期間。とは言いながらも合計でも3年くらいでしかないですけどね。

北京に来る前もヘビースモーカーでしたが、来る少し前から睡眠障害を何とかするために禁煙し始めたのをキッカケに、その後も約5年間ほど基本的に吸わずにいました。

そしてこの5年間では、酒の席ではタバコを吸ったとしても、その後もまたヘビースモーカーに戻ることはなく、完全にニコチン依存をコントロール化においていました。

それがここ2年半はまたヘビースモーカーに逆戻り。

それまでコントロール出来ていたものが、なぜ急にまたコントロール出来ないものになってしまったのでしょう?


その答えを自分は明確に知っています。それは

さみしさです。


上記でも記していますが、娘が誕生する半年前から1歳の誕生日を迎えるまでと、北京に来てからの5年間はニコチン依存では無かったんです。そしてこの期間というのは

娘の近くにいて幸せを感じていた時期でもあります。

娘の近くにいること自体は良かったのですが、おまけで余計なモノ(中方の義父母)までくっついてきている状況。その状況に対して急に「オレは一体こんなところで何をやっているんだろう?何でこんな不本意な状況に甘んじている必要があるんだ?」という疑問が湧いてくるようになり、その他矢継ぎ早に湧いてきた想いも手伝って、そのまま家を出ることに。

自分にとってそもそもタバコというものは

”世の中に対する「やってられない感」の象徴”

ですから、欠乏感が露わになってくるとついつい吸いたくなるもの。

16歳でタバコを始めたときもこの「やってられない感」が強くて常習化してしまいましたが、再び襲ってきたこの強烈な「やってられない感」のために、それまでの5年間で身についていたコントロールも完全に失われていました。

それからの2年半は再びスモーカーに戻ってしまい、公私ともに”やってられんなぁ~”という状況ではあったものの、ある禁煙セラピー本を読んでから考えが一変します。それがこの下の本です。 

頑張らずにスッパリやめられる禁煙

頑張らずにスッパリやめられる禁煙

 

 

これまでストレス解消のつもりで喫煙していたものの、この本を1/3ほど読み進めただけで

「タバコを吸ったところでストレス解消にはならない。禁断症状を緩和することしかできない」

ということが肚に落ちたのです。それからもう2ヶ月以上経過していますが、1本も吸わずに過ごしています。


そしてこの2ヶ月ではそれまでとどう変わったのか?というと、大きくは2点。

  1. 身体が軽くなったので運動する機会が増えた。結果、日々好きなものを食べているにもかかわらず、体重4kg減、体脂肪率3%

  2. 活動が増えた。喫煙の時間や場所を探す時間に費やしていた時間を他のことに費やせるようになった。

 
当たり前の話ですが、日常生活は非常に改善されています。健康的だし気分もいい。


ただ、私がタバコに関して健康問題以上に問題視しているのは吸う動機です。

楽しくて吸うのではなく、私のようにさみしさを紛らわす依存的なタバコというのは、自分のことを傷つけます。

そもそも依存(中毒)というのはタバコに限らず、アルコールでもドラッグでも買い物でもギャンブルでも仕事でも

全てはさみしさに端を発している
要は誰かと繋がっていたいんですね。
もしくは誰かに自分をわかってほしい。
依存の対象はその代替物でしかない。

 

この事実は実験でも証明されていることです。

spotlight-media.jp



だから、ただやめるだけではダメ。
その根本にある感情をクリアにしないと
どんなに自分を傷つけても繰り返す羽目になりがち。

中毒というのは身体の物質に対する依存以上に
感情的に生まれてしまう側面も極めて大きい。

そのため、本来取るべきスタンスは、さみしさを嗜好物によって紛らわすのではなく

さみしさを味わうこと
味わい切ること

それによってかなり痛いこともありますが、そうしないといつまで経っても感情が解消されていかないため、その後も常に潜在的なさみしさが付き纏います。

この潜在的なさみしさが解消されない限り、仮に誰かと繋がれたとしても、今度はその相手に対して依存するようになり、果ては相手が疲れてしまい、分かれることになりがち。そしてまた他の依存先を探しはじめる。

こうした悪循環を断つためには、今、無意識に依存してしまっている対象を断った上で感情を味わう必要がある。


ただ・・・

1回や5回程度の禁煙でうまくいくとは思わない方がいいですよ。私も軽く30回くらいはトライしていますから。いや、、、50回くらい?

 

うーん、忘れた。。。


たった数回やってうまくいかなかったからって「自分は意志の弱いダメ人間」と思うのはハッキリ言って


10年早いんだよ、ボケっ!って感じです。


で、こういうことを言うと「依存は良くない」という解釈になるはずですが、それも実は違います。

「お願い」「助けて」と言える相手がいることは素晴らしいことですし、リーダーシップの必須条件でもあります。


※薬物依存は「人に依存できない病」とは専門家も断言しています。

www.buzzfeed.com



まずいのは、自分でコントロールできないような依存状態。それは言い換えると

”良好な人間関係に必要な間合いを失っている状態”

だから、問題アリなんです。間合いを失っている相手と付き合いを持ち続けるのはかなりシンドイ。従って、いずれウザがられます。


というわけで、中毒はただやめれば良いというものではないし、やめられたとしてもその奥にある感情を何とかクリアしない限り、対象が他のものに変わってしまうだけ、ということは知っておいてください。

 

 

<この記事を書いた人>

平林孝之 エグゼクティブコーチ 大卒後、12年間音楽コンテンツ業界を経験した後、”ブレイブボード”を全国ヒット商品にしたスタッフの一人となる。北京に来てからは欧州系IT企業にてプロジェクト管理、ビジネスコンサルの営業職を経て創業。発達障害双極性障害など自身の過去の波乱な体験や、自身の国際結婚などの難しさからコミュニケーション・心理学を学び始め、プロコーチに。また、全て実務経験を伴った”MBA”状態のためビジネスコーチングが得意。合氣道などで学んだ身体からのアプローチによるリーダーシップ開発も行なっている。独学ながら中国語ビジネスレベル。中国日本商会・北京日本倶楽部・政府機関等での講演実績。米国NLP協会認定コーチ・心身統一合氣道初段

 

メルマガ「孤独を超えるリーダーシップ

(自己認識・異文化交流・語学)」の読者登録はこちら

 

※お問い合わせはこちらから

具体的に質問してみたいこと、現在のお悩み事など、どう解決したら良いのかわからないという方はお気軽に上の「お問い合わせ」からご質問ください。頂いたご質問に対してブログ上の記事を持って回答とさせていただきます。(お名前はもちろん匿名で出します)